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江口惠津子

Author:江口惠津子


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子供時代に育った平屋の日本家屋が いまだ 忘れられず・・・

子育て後に、住宅リフォーム・空間リノベーション会社 「ヴェルディッシモ」を立ち上げる。

思い出の詰まった 我が家の再生を 目指します。

心も体も愉しい 「癒しの空間」 は、家庭にあるべきと 思います!

趣味・・・・・・ロードバイク

人生のテーマ・・凛として 生きる

得意技・・・・・瞬間爆睡 zzzz

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05月29日(日)

父とその姉と~朝の連ドラ「おひさま」から想うこと~

なんにもない、雨の 日曜日
100Km ランに挑戦予定の アクティブ日曜日が 
雨音を聞きながらの アンニュイ日曜日に。

NHKの朝の連ドラ おひさま に
ハマっています。

主人公 陽子さんが、自分史を、回想していく形で 進んでいきます。

陽子さんは 師範学校でて、先生に。
すぐ上の 茂樹兄さん は、陸軍士官学校へ。

振り返ってみて
わが父も、最後の陸軍士官学校出身
その姉も、師範学校出て、先生& 独身貫き、いまに至る。

わたしは、母方の両親と同居して、
親戚一同 集まれる 平屋の 日本家屋に 幸せに暮らしていました。
三つ子の魂 百まで・・というけれど
まさに あたたかな 人たちに 囲まれて 成長してきました。

父は、いわゆる サザエさん 一家の マスオさん。
あのころ、父のこと、好きだったけれど、嫌いだった。

母方の 祖父母の お誕生会など、親戚が集まれば
男性は みな酒を飲み、宴会モードなのに
父は 酒も飲まず、子供たたちと 遊んでる。
帰りに、駅までのアッシー君よろしく 親戚をピストン輸送するので
お酒が 飲めないのです。 

みんなが帰った後に、一人お酒を飲んで
酔ってつぶれて、家族に絡む・・・

一時期、というよりは、かなり長い年月、
はっきりものを言い、威風堂々の男性に 憧れていた。
まさに 反面 だったのかもね。

父は、陸軍士官学校のことも、その後のことも
一切、しゃべったことがない。

父の 姉 
もう 90を過ぎました。
両親と同居して、ずっと先生して
両親をみ取ってからは、好きな時間を 過ごしていたけれど。

老いは確実に迫っていました。

おひとりさまの 元祖です。
でも、叔母の 将来設計の中に、老後という キーワードもあって
山梨県、石和温泉に、介護施設付きの マンションを持っていた。
使いもしない、管理費を払い続け、用意している筈だった。

けれど、その決断の時期 と 平行して 老いが迫り。

一人暮らしの家は ゴミ屋敷となり
生来の 気位の高さもあって、民生委員の人も 家にあげない状態。

2年前、みなさんのお力を借り
叔母も 納得して、石和温泉に 移住 しました。

長年慣れ親しんだ 家を 出るということは
切ないものであろうけれど
叔母の 将来設計に あったことだと いうおもいで
石和温泉に 送りだし、家の片づけを してきました。

叔母は、帰りたい、というかと思ったら
意外と、新しい生活を 愉しんでくれていた。

わたしたちも、何よりも、食事や、健康のことを守ってくれる場所が出来て
本当に、安堵していました。

先日
石和温泉に出向き、叔母にあってきましたが、
その、老いの 急激な早さに 驚かされます。

相変わらずの 笑顔で出迎えてくれたけれど・・・

相談員の方に お話を伺うと
やはり、かの 大震災 いらい
症状が 急激に進む方が 大勢いらっしゃるとのこと。

よ~く考えてみたら、
わたしは生まれてこの方、
叔母と、ちゃんと向き合ってお話したことがありません。

その日も
「えっちゃん、もう帰っちゃうの?
綺麗なバラ園 見に行きましょうよ」
「もうおばちゃん、今日は帰らなくちゃならないから
今度ね。」
何度も繰り返される、こんな会話ばかり・・・

そうだ!父も誘って、石和おんせんに行こう!
一泊、3人で ゆっくり温泉につかって、美味しいもの食べよう。
父から 聞けなかったこと、
叔母さんの 人生のこと。

もう、島田家は、なくなってしまう、
最後の 3人。
わたしが、その記憶を、子供たちに、甥っ子姪っ子に
伝えなくちゃ。
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